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東京地方裁判所 平成元年(ワ)4507号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

東澤靖

中光弘治

加藤晋介

被告

東日本旅客鉄道株式会社

右代表者代表取締役

住田正二

右訴訟代理人弁護士

風間克貫

三浦雅生

畑敬

熊谷信太郎

主文

1  原告が被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は原告に対し、金一二八〇万五二五〇円及びうち金二五万六一〇五円に対する平成元年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は原告に対し、平成五年五月以降毎月二五日限り金二五万六一〇五円を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  この判決は、第2項及び第3項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文と同旨

第二事案の概要(証拠を摘示した以外は争いのない事実である。)

一被告は、住所地において旅客鉄道事業を営む者であり、日本国有鉄道改革法(以下「改革法」という。)に基づき、昭和六二年四月一日から日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)の東北及び関東地区の事業を引き継いだ会社である。

原告は、昭和四三年一〇月一日、国鉄に採用され、釧路鉄道管理局新富士駅駅務掛として勤務し、昭和六二年四月一日被告発足に伴い、被告に採用され、東京圏運行本部新宿駅営業係として勤務し、同年五月二六日から後記解雇処分に至るまで同本部高田馬場駅営業係として改札業務を担当していた。また、原告は、国鉄職員として採用された当時から、国鉄労働組合(以下「国労」という。)に所属し、昭和六三年一一月以降、国労東日本本部東京地方本部新橋支部高田馬場駅分会副分会長の地位にあった(〈書証番号略〉)。

二原告は、被告との雇用契約に基づく賃金として、毎月二五日限り、左記のとおりの月額給与の支給を受けていた。

基本給 二二万一一〇〇円

扶養手当 一万四〇〇〇円

都市手当 二万一〇〇五円

合計 二五万六一〇五円

三被告は、原告に対し、平成元年二月二八日、「平成元年一月一三日午前六時三〇分ころ、高田馬場駅営業係(改札担当)として同駅A口改札に勤務した際、自分の責任で不足金員を発生させた場合に弁納する費用に充当する目的で両替用の現金三万五〇〇〇円を着用していた防寒コートの右ポケットに着服したことは、社員として著しく不都合な行為であるため」との事由により、諭旨解雇処分に処し(以下「本件処分」という。)、以降原告の被告社員としての地位を否定している。

四原告は、平成元年一月一三日の改札業務従事中、両替済みの三万五〇〇〇円を、保管のため着用していた防寒コート(以下「本件防寒コート」という。)の右ポケットに入れ、右金員がポケットに入っていることを失念したまま本件防寒コートを高田馬場駅駅内の更衣室ロッカーに掛けて帰宅したのであって、不法領得の意思をもって右金員を着服したのではないとして、本件処分の効力を争い、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位の確認と平成元年三月一日以降の賃金の支払(平成元年三月二五日に支払われるべき月額給与二五万六一〇五円についての弁済期の翌日である同年三月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を含む。)を求めている。

なお、本件口頭弁論終結時は平成五年五月一三日であり、平成元年三月以降平成五年四月まで(五〇か月)の月額給与の合計額は一二八〇万五二五〇円である。

第三争点及び当事者の主張

争点は、本件処分の効力、すなわち、本件処分事由の有無にある。

争点についての当事者の主張は以下のとおりである。

一原告の主張

1  被告高田馬場駅改札業務の特殊性

(一) 被告高田馬場駅A口改札には、早朝にいわゆる人夫出しの仕事を専門にする手配師が多数詰め掛け、労働契約を締結した人達の稼働地までの切符を多数購入するため、一万円札の両替を駅員に求める状況にある。

(二) A口改札の業務は、甲番と乙番との二名で担当する。

甲番担当は終電担当の遅番であり、午前九時から翌日午前一時三四分まで途中休憩をしながら継続して勤務し、最終電車発車後仮眠して、午前六時三〇分から再び勤務につき、午前九時三〇分に次の出番者と交代する勤務形態である。

乙番担当は始発担当の早番であり、午前九時から午後一一時三〇分まで途中休憩をしながら継続して勤務し、午後一一時三〇分から仮眠し、午前四時一一分から再び勤務につき、午前九時に次の出番者と交代する勤務形態である。

A口改札係は自動券売機による出札業務(券売機保守と両替)と改札業務(改札口での改札、乗り越し精算及び少額の両替)とを兼掌しており、自動券売機はA口改札室の脇に設置されている。

甲番担当と乙番担当は、勤務時間中、交互に自動券売機による出札業務と改札業務とを行う。ところが、早朝午前四時一一分から午前六時三〇分までは、甲番担当が仮眠をとっているために、乙番担当一名のみで、自動券売機による出札業務と改札業務とを合わせて担当することになる。このため、早朝の乙番業務担当は、単に改札口での乗り越し精算・少額の両替だけではなく、自動券売機による出札業務のひとつである両替作業をもしなければならない。

(三) 原告は、平成元年一月一三日、A口改札の乙番業務担当であったが、この業務は右に述べたように、改札と自動券売機保守のほか金銭を扱う業務として、①乗客の乗り越し精算、②自動券売機で購入するための両替があり、とりわけ前記のように、A口改札には、早朝手配師が集中して多額の両替を求める状況がある。

(四) 右両替用の金銭は、原則として改札業務の際駅員が入るラッチ(改札担当係員が改札・集札業務を行う金属製のボックス)内にある改札収納器と乙番担当が身につけているコートのポケット等に収納される。右改札収納器は金属製であり、①釣銭用の硬貨が入っている部分、②客の支払う精算金と切符を入れる部分(鍵付)、③印鑑・事務用品を入れる部分に分かれている。そして、両替用の千円札や両替済みの紙幣は、原則として②の鍵のかかる部分に保管しておくが、早朝から次第に乗り越し精算が増えてくると、両替用の千円札や両替済みの一万円札が、乗り越し精算の際に客が支払った札と混じって区別がつかなくなるので、両替用又は両替済みの紙幣が乗り越し分の紙幣と一緒にならないように乙番担当が両替用又は両替済みの紙幣をポケットに入れるなどして、区別して保管することになる。このように両替用又は両替済みの紙幣をポケットに入れることは、乗り越し精算分の紙幣と混同しないようにとの理由により、平成元年一月一三日までは通常行われていた。

2  本件処分事由となっている平成元年一月一三日早朝の出来事(以下「本件事件」という。)の経緯は以下のとおりである。

(一) 原告は、高田馬場駅A口改札乙番担当として、平成元年一月一三日午前四時三七分発初電のための改札業務準備を行った後、引き続き一名でA口改札の自動券売機保守と改札業務に従事していた。

原告は、右業務に就く際に、前日夜両替用に準備して金庫に保管していた千円札の束(一〇枚を一束として輪ゴムで括ったものを一二束)と硬貨とを取り出して、当初改札収納器に入れてラッチに入り、その後、改札口に来る客に対して、両替、改札、精算等をしていたが、両替済みの一万円札、五千円札が増えてきたので、午前五時三〇分過ぎに、自動券売機の用紙を補充するため改札室に戻った際、両替済みの六万五〇〇〇円を改札室の金庫に入れた。

それ以降は、客も増えてきて乗り越し精算金が多くなってきたので、前述のように両替用又は両替済みの紙幣との混同を避けるため、午前六時ころ、両替分の残りである五万五〇〇〇円(両替済みの一万円札及び五千円札の両替に応じて前記一〇枚の束を崩した残りである千円札五枚合計三万五〇〇〇円を四つ折りにしたものと、前記両替用の千円札一〇枚の束を二束合計二万円)を保管のため、本件防寒コートの右ポケットに入れて、その後も業務を継続した。

(二) 原告は、午前六時三〇分ころ、甲番担当清水洋一と交替のため、改札収納器を引き継ぎ、あわせて同人に両替用の千円札二万円分を本件防寒コートの右ポケットから出して硬貨と一緒に渡した。その際、四つ折りにした三万五〇〇〇円は両替済みであるので、金庫に戻すため本件防寒コートの右ポケットに入れたままであった。ところが、この引継ぎの際、客が自動券売機の場所の両替口に立っていたため、これに対応しようと急いでその場へ赴いたが、窓口に着いた時はその客は立ち去った後であった。

このようなことがあったため、原告は、三万五〇〇〇円を本件防寒コートの右ポケットに入れたことを失念した。

(三) 原告は、その後午前六時三〇分から同四五分までの間改札室において休憩し、その間、本件防寒コートを事務所ロッカーの前に掛け、洗面・歯磨きをした。

(四) 原告は、午前六時四五分に、両替用窓口業務に就くために両替用の千円札二万円分と硬貨二万五三〇〇円を清水洋一から受け取り、事務所金庫に入れ保管した。

(五) 原告は、その後午前九時まで勤務し、本件防寒コートをロッカー室の原告自身のロッカー内に掛け(ただし、普段からロッカーの鍵は掛けておらず、この時も掛けていない。)、帰宅した。

(六) 原告は、この段階で、本件防寒コートの右ポケットに入れていた両替済みの四つ折りにした三万五〇〇〇円を金庫に入れて保管することを失念した。

3  本件事件後の経過

(一) 原告は、帰宅後午後五時ころ、上司である服部助役から電話により「三万四〇〇〇円不足なんだけど変わった取り扱いはなかったか。」という質問を受けた。原告は、その時には思い当たるところがなかったので「ありません。」と答えた。

(二) ところが、翌一四日にも再度、上司である南助役から三万四〇〇〇円不足している件についての質問の電話があり、原告は、金庫に入れ忘れたのではないかなどと思いながらも、翌日出勤した際に確認しようと考えた。

(三) 原告は、翌一五日午前七時一〇分ころ高田馬場駅に到着し、びくびくしながらロッカーから本件防寒コートを取り出し右ポケットを探ると、現金が出てきた。

(四) 原告は、当時国労の高田馬場駅分会副執行委員長の立場にあり、国労の役員がささいなことで重い処分を受けている状況に思い至ったことから、右ミスが発覚した際の事態を恐れた。

(五) そこで、原告は、誰にも見られないように右現金を持ってA口改札室に行き、同室の金庫を開けて右現金を納入したうえ、青柳三十四社員に「ここにあった。」と告げた。

原告が、青柳社員からの連絡を受けて駆けつけた見留駅長及び服部助役に対し、「ここにありました。」と言って金庫内を指示したところ、見留駅長は、駅長室に来るよう原告に命じ、同所において午前七時三〇分ころから、見留駅長、改札担当助役及び出札担当助役から事情聴取を受けた。

(六) 原告は、見留駅長の「本当に金庫の中にあったのですか。」という質問に対し、「本件防寒コートのポケットの中にあるのを忘れていたのです。大事になると思って恐ろしくなってそこにあったことにしました。」と正直に告白して謝罪し、見留駅長、両助役もその間の事情を了承した。

(七) 原告は、直ちに同所において次々に「本件防寒コートの右ポケットに両替済みの金三万五〇〇〇円(一万円札三枚・五千円札一枚)と両替用の千円札二万円分を入れたが、交替時に両替用の二万円のみを渡し両替済みの三万五〇〇〇円を失念したまま金庫に返さなかった」旨の自認書、供述書、始末書、反省文を書かされた。

(八) ところが、原告は、同月一七日再度呼出しを受け、同日午後二時ころから午後八時ころまで、新宿車掌区において、東京圏運行本部、新宿地区指導センターの係員等合計六名から事情聴取を受けた。その際、右六名は、原告作成の自認書等を示しながら、「お前の言っていることは不都合である。子供に玩具でも買ってやろうと、あるいは、将来不足金を出したときそれに充当しようと思ったのではないか。それなら納得できる。自分たちは運行圏本部の部長代理で来ているのであって、現場長に話したことは関係ない。後のことは考えなくてよいし、悪いようにしないから自分たちに任せろ。高田馬場駅だけの事件で済ませてやる。場合によっては、第三者を入れるなり、関係者を呼んで調書をとるなり、家族から事情聴取するなりしなければならない。」等と六時間にわたって執ように、原告が前記三万五〇〇〇円を着服するつもりであった旨の供述を迫り、これ以上運行圏本部に逆らえば警察等の捜査を受けるなどしたうえで解雇されると畏怖した原告は、ついに運行圏本部の筋書きを認め、相手方が口授するままに自認書、供述書、始末書、反省文を作成した。

従って、原告が平成元年一月一七日に作成した自認書等は、原告の本意に基づかず、虚偽の内容を記載したものである。

4  被告の現金管理体制のもとにおいて、A口改札で取り扱う両替準備金、売上金に手を触れる可能性のある人間は、甲番担当者、乙番担当者、A口改札担当者の食事休憩時や夜間休憩時に本屋口から来る日勤出札係、改札係B番の四名であって、このうち、甲番担当者、乙番担当者及び改札係B番のもとで現金の過不足、ましてや着服があれば、日勤出札係が両替準備金及び売上金を集計する際に直ちに過不足金として判明し、過不足金を出した者は右三名のうちいずれかと特定される。このような過不足金は、自動券売機の停止による客の二度払いか、真実には金を入れていない客に対して客の言い分を信じて払戻をしたなどの理由で、通常毎日の集計ごとに一〇〇円程度、多いときで一〇〇〇円程度生ずるに過ぎない。

他方、乗り越し精算金については、改札業務に就く甲番、乙番、B番及びその集計をする当務助役とが関与することになるが、その着服は、両替準備金や売上金に比べてはるかに露見しにくい。すなわち、精算金は、一日三回改札収納器を開扉する際に現存する現金を集計するだけで過不足の集計はなく、客から受け取った精算金を改札収納器に入れず、あるいは開扉前に改札収納器中の精算金を抜き取ったとしても、これらに起因する現金の不足を発見するのは極めて困難である。そして、A口改札の精算金は毎日平均して五、六万円であるが、曜日、天候等により一万円程度から八万円程度まで、本件で問題となっている三万五〇〇〇円をはるかに越える金額のばらつきがある(ちなみに、本件事件のあった平成元年一月には総額一四〇万〇八五〇円、一日平均四万五一八九円の精算金があり、最低が一万四六四〇円、最高が七万二九五〇円であるが、一月は乗降客が少なく、精算金は少ない方である。)。乗り越し精算金の抜き取りは、通常「チャージ」と呼ばれ、旅客鉄道会社の改札口で心ない社員によって行われることがあるが、その発見は難しく、精算金額の統計に照らした精算金額の減少傾向等により、抜き取りの事実の端緒をつかんで改札担当者を追及するなどして発見するのである。

以上によれば、一般論として、改札担当社員が現金着服の意図を持った場合、まず着服するのは、発覚しにくい乗り越し精算金であり、両替準備金や売上金ではあり得ないし、更に、原告については、①国鉄入社後二〇年の業務経験を有することから、直ちに発覚するほど多額の現金を、直ちに発覚するような方法で着服することはあり得ないこと、②発覚を妨げるため帳簿を改ざんするような隠蔽工作をした事実もなく、またなしうる立場にもないこと、③両替準備金や売上金を着服するほど困窮していたとするならば、まず、発覚しにくい乗り越し精算金に手をつけるはずであるが、そのような事実はないこと、④将来の過不足金に充当するなどという起こるかどうか不確実な必要性のために、一時期に高額の着服をするのは極めて不自然であること及び⑤原告には、同種の着服の前歴はおろか、組合活動を理由とする訓告処分一回以外に処分を受けた等の非行歴はないこと等の事情もあり、これらに照らすと、原告が本件三万五〇〇〇円を着服することはあり得ない。

5  本件において、被告が、原告の単なる失念行為に対し、あえて着服行為として執ような追及をし、誤った事実認定のもとに本件処分をした動機には、以下に述べるような国労高田馬場駅分会に対する嫌悪ないし敵視の意図が存在する。

(一) 昭和六三年三月に高田馬場駅に赴任してきた見留駅長は、着任早々国労組合員に対して、「私の言うことを聞かなければ(見留駅長の前任駅である)恵比寿駅のように、どんどん高田馬場駅から出てもらう。」などと威嚇し、国労に対する敵意を明らかにした。

(二) 国労高田馬場駅分会は、国鉄時代に組合バッジに対する駅当局の強い介入があったため、被告発足後、組合員が国労のマーク入りのネクタイピンを共同購入して着用していた。これに対して、駅当局は、当初点呼時には注意するものの、それ以上の介入をすることはなかった。

ところが、見留駅長の着任以降、同駅長は、国労組合員個人を呼び出しあるいは呼び止め、「何故(国労の)ネクタイピンをつけているのか。」「意識改革ができていない。」「被告を辞めてもよいのだぞ。」「改札、ホームへいくか。」「駅長室に来るか。」などと発言して、ネクタイピン着用に対する執ような介入をするようになった。

(三) 臨時電車の無通知走行

昭和六三年八月一二日午前一時三〇分ころ、高田馬場駅では、最終電車終了後に臨時電車が通過したが、その通過に先立って何ら駅員への通報がなかったという事件が発生した。終電終了後は、通常駅員がレールに降りて清掃をするのであり、臨時電車の無通報走行は重大な危険を有する。

国労高田馬場駅分会は、同月末、駅当局に①右事件の事実関係、②右事件の原因、責任の所在、処理、③今後の対策を明らかにするように求めた。これに対し、駅当局は、同年九月六日の安全委員会で「事故とは考えていない。」などの発言に終始し、同分会側の右要求に応じようとしなかった。やむなく、同分会は、東京圏運行本部に右事件についての意見書を提出したが、これに対しては何らの対応もなかった。その後、駅当局からは、臨時電車の有無を毎日新宿駅及び池袋駅に確認することとしたとの口頭説明と、内規に、清掃については「作業開始前に、当務駅長の指示に従うこと」との規定の追加がなされたが、これ以上に原因究明及び対処の処置をとることはしなかった。

同分会の再三の申入れにもかかわらず、駅当局が抜本的な対応をとらなかったため、同じような、終電後の臨時電車の無通知走行が、平成元年二月一一日及び同年八月二三日にも相次いで発生している。

また、これらの事件の発生時には、いずれも当務駅長林辺助役が統括していたが、同助役に対しては何らの処分もなされていない。

(四) 報復的処分等

臨時電車の無通知走行をめぐって、駅当局と同分会との間で交渉が続く中で、国労組合員に対する不当な担務指定や処分が行われた。

(1) 昭和六三年八月二九日、国労組合員の後藤昇治(ホーム担当)、霜村達也(改札担当)に対し、助役から突然これまでの業務を外してうどん屋に従事させるとの担務指定がなされた。この担務指定については、同組合員らがその理由を尋ねても、明らかにしなかった。

(2) 同年九月七日、国労組合員の大石勇二(副執行委員長)、同荒川好幸が、業務を終了後入浴した際、見留駅長が風呂のドアを押さえ、「四分早いぞ。」と怒号して他の助役を呼び寄せた。同組合員らは、翌日同駅長から呼び出されて、四分間の欠勤届と始末書を作成させられ、後日このことを理由に訓告処分及び冬季一時金の五パーセントカットを受けた。

(3) 同月二一日、国労組合員の江川久雄(執行委員)と岡村進(青年部書記長)が、個別面談と称して同駅長から呼び出され、「君は意識改革ができていない。」「ネクタイピンをしている。」などと怒鳴られたうえ、翌月勤務から従来の出札担当を改札担当に変更すると言い渡された。出札担当には、転勤してきたばかりの東鉄労組合員が補充された。

(五) 駅当局は、昭和六三年三月の人員削減において、後方勤務者(事務室内で作業にあたる者)を五名削減した。それに伴い、立番者(改札、窓口、ホーム担当)に、後方勤務も併せ担当させるようになった。

更に、駅当局は、同年一二月一日から、立番者の連続作業時間を延長し、より少ない人数で立番勤務を担当させ、これによって助役の立番勤務をなくし、また、後方勤務の要員を作出した。そのため、立番勤務者は、各人一勤務あたり一時間三〇分から二時間立番時間が長くなり、勤務内容が極めて多忙となり、健康障害を引き起こすようになった。

高田馬場駅分会は、この問題について安全委員会において駅当局に改善を申し入れたが、駅当局はこれを拒否した。

(六) 本件訴訟提起後の報復的強制配転

(1) 高田馬場駅分会は、本件訴訟を提起した平成元年四月七日の後、同月一四日に同分会が中心となって「甲野太郎さんの不当解雇を撤回させる会」を結成した。そして、同会の実務を担う事務長及び事務局長に、同分会執行委員長笹原助雄及び書記長小島卓がそれぞれ就任した。

(2) ところが、被告は、右訴訟提起及び同会結成直後の同年四月二一日、以下のとおり、笹原執行委員長をはじめとする五名の国労組合員を強制配転した。

笹原助雄(出札担当)

新宿駅ホーム担当

江川久雄(出札担当)

恵比寿駅改札担当

小林孝信(出札担当)

大宮駅改札担当日勤

小林勝美(改札担当)

拝島駅構内担当

中沢光男(改札担当)

国分寺駅改札担当

右強制配転後間もなく、小林勝美は被告を退職し、小林孝信と中沢光男は国労を脱退した。

また、小林孝信は、日光から片道三時間を要して通勤していたため、勤務をまとめてできる一徹勤務のもとでようやく勤務が可能であったところ、配転後は日勤勤務とされたため、勤務は著しく困難となった。しかし、同人が国労を脱退するや直ちに一徹勤務に戻した。

(3) 更に、同年六月及び同年一〇月、以下のとおり、四名の国労組合員が強制配転を受けた。

竹内義和(改札担当)

渋谷駅改札担当

佐藤信幸(出札担当)

恵比寿駅改札担当

森秀雄(出札担当)

恵比寿駅改札担当

小口幸夫(ホーム担当)

新宿駅改札担当

甲野は、国鉄入社以来約二〇年間にわたって出札を担当してきたが、この強制配転により、初めて改札担当とされた。ところが、配転後間もなく甲野が国労を脱退するや、出札担当に戻した。

加えて、見留駅長は、大石勇二副執行委員長等の国労組合員に対して、「一〇年過ぎているから配転を覚悟していてくれ。」と発言するなど、さらなる強制配転をほのめかす言動をしている。

二被告の主張

1  高田馬場駅の概要

(一) 原告が勤務していた高田馬場駅はJR山手線にあり、西武新宿線、地下鉄東西線と接続するターミナル駅であって、A口、B口、本屋口の三つの改札口がある。本屋口改札は早稲田通りに面しており、ラッチが七個、自動券売機が一六台あるなど規模が大きく、高田馬場駅のメインの改札口である。B口改札はホーム中程にある西武新宿線との乗換口である。A口改札は大通りに面しているわけではなく、ラッチも、自動券売機もそれぞれ二個しかない規模の小さい出入り口である。

高田馬場駅の乗降客は一日約四〇万人であり、被告全体の中でも七番目に乗降客が多い駅であるが、乗降客の多くは、地下鉄の連絡口や早稲田大学、その他各種の学校がある本屋口改札を利用しており、A口改札は本屋口改札に比べると格段に乗降客は少ない。

(二) A口改札では、改札で使用する釣銭や両替用の金として千円札や百円硬貨を中心に五万円が用意されている(以下「両替準備金」という。)。この改札の両替準備金のうち約二〇〇〇円の硬貨等は、金属製で施錠できる改札収納器に収め、残りは改札室内に袋に入れて保管するのが原則である。

昭和六三年一一月までは、早朝手配師が、A口改札に両替に来ることがあったが、その数はせいぜい二、三人であった。また、当時両替準備金は一日あたり五万円と定められておらず、自動券売機の売上金の中から必要額を両替用に利用し、後に金庫に返還することを認めていた。

しかし、早朝の時間帯のA口改札は、乗客が少ないため一人勤務態勢となっており、監視の目もないので、A口改札で、売上金と両替準備金とを峻別しないまま多額の現金の持ち出しを認めることは、現金管理がルーズに流れ、不正につながるおそれがあるなど、問題があると考えられた。

そこで、高田馬場駅では、両替を求める手配師らに事情を説明して、昭和六三年一二月からは早朝の両替は初電から二人の社員が勤務している本屋口改札においてなすように要請し、その了承を得るとともに、現金取扱いに関する内規を定め、A口改札では今後早朝の両替が減ることを勘案して両替準備金の額を五万円と定めたうえ、自動券売機の売上金と独立して管理する両替準備金を用意して、その中で両替に応ずることとし、自動券売機の売上金の中から任意に両替用に現金を利用することを認めないこととした。そして、仮に五万円の両替準備金で足りないような多額の両替依頼があったときは、本屋口改札で両替に応ずる旨を旅客に伝えるよう、助役を通じて指導した。

右内規は現金出納を担当する営業係に当然周知徹底されており、現実に昭和六三年一二月以降これに従った扱いがなされており、手配師らの両替も多くは本屋口改札で行っているし、社員から両替準備金が五万円で足りない旨の意見が出されたことはない。

(三) 両替準備金は、自動券売機の売上金すなわち出札収入金とは全く性格が異なる金員である。両替準備金は改札に両替に来る客の便宜を図るため及び旅客に対する釣銭用に用意されているものであって、その金額は五万円と定められており、金種が変わることはあっても、金額に変動はない。両替準備金の中の特定の金種の両替需要が多く、特定の金種がなくなった場合には、自動券売機の出札収入金と両替することが認められているが、性格の異なる出札の金員と改札の金員の混同を防ぎ、取り扱いの厳正を図るために、そのような扱いをしたときはA口改札室の両替記録簿に記載することとなっている。また、その場合においても、両替準備金の総額は五万円であり、それ以上の多額の現金を売上金の中から持ち出すことは禁じられている。

2  本件事件について

(一) 原告は、平成元年一月一三日早朝A口改札業務を開始するに際し、A口改札室内の金庫に保管してあった改札用の両替準備金五万円を取り出し、また、前日の自動券売機の売上金のうち少なくとも三万五〇〇〇円を下回らない金員を右金庫から取り出した。

原告は、右各金員のうち、一万円札三枚と千円札二五枚合計五万五〇〇〇円を着用していた本件防寒コートの右ポケットに入れた。同日午前四時一一分から同六時三〇分までの間においてA口改札で勤務する社員は原告一人であり、A口改札の利用客は少なく、閑散とした状態であった。

同六時三〇分ころ、甲番担当である清水社員が勤務の交代のためにA口改札のラッチに来たので、原告は本件防寒コートの右ポケットにある前記五万五〇〇〇円の中から清水社員に両替準備金として千円札二〇枚合計二万円を渡したが、残る三万五〇〇〇円については、右ポケットに入れたまま休憩に入った。

その後、原告は、次の出番者と午前九時に勤務を交代したが、右ポケットに入れてあった三万五〇〇〇円を返還せず、これを入れたまま本件防寒コートを更衣室のロッカーに置いて帰宅し、もって右三万五〇〇〇円を着服した。

(二) 同日一一時ころ、高田馬場駅小河原営業指導係がA口自動券売機の収入金の締切りを行ったところ、前日の自動券売機の売上のうち現金が三万三九八〇円不足していることを発見した(原告が着服した金額は三万五〇〇〇円であるが、一方で自動券売機の過剰金が一〇二〇円あったので、三万三九八〇円の不足となった)。

そこで、午後に服部助役が再度締切りを行い、不足額を確認するとともに、一二日にA口改札の改札業務を行った各社員のうち、一三日に出勤していた三名から直接事情を聞いたが不足の原因は判明しなかった。

そのため、服部助役は午後四時一〇分ころ、非番で帰宅していた原告に電話し、A口改札の自動券売機の売上が不足していることについて、何か思い当たることはないかと質問したところ、原告は、「不足金について特に思い当たることはなく、変わった取扱いはしなかった。両替用のお金を金庫に収納するときも使用した金額を確認して返却した。」と回答した。

結局、不足原因が分からなかったので、服部助役は駅長からの指示のもとに不足原因を究明するため一三日夜は徹夜で調査にあたった。

(三) 翌一四日にも地区指導センター、財務部会計課、機械区等の指導、協力のもとに調査を続け、A口改札室や改札室内の現金等を保管してある金庫内等を複数の社員がくまなく調べたが不足金は発見できず、また、自動券売機にも特に異常はなく、不足原因は分からなかった。

そこで、南助役が、休暇で出勤していなかった原告に再度電話して現金の不足について問い合わせたが、原告は思い当たることはないとの返答を繰り返した。

(四) 翌一五日、午前八時から本屋口改札C番勤務の予定であった原告は、特に早く午前七時ころに出勤し、A口改札室に赴き、同室内の金庫の中に不足金三万五〇〇〇円があった旨営業係の青柳社員に申し出た。

見留駅長や服部助役は今まで何度も探して見つからなかった金庫の中から突如不足金が出てきたという原告の話に不自然なものを感じ、原告を駅長室に呼んで詳しく事情を聴取した。

駅長室において、原告は不足金が金庫の隅にあったと言い張ったため、見留駅長は原告に言い分を書面化させた。

しかし、右書面の内容は意味不明のところがあり、また何度も探した金庫の中から突如不足金が出てくるという話の不自然さを見留駅長から問われると、原告は座っていた椅子から立ち上がり、「すみません。」と謝って、「コートのポケットの中に三万五〇〇〇円が入っていました。金庫に戻そうと思いA口改札事務室に行き、青柳社員から金庫の鍵を借りて金庫内に置きました。」と述べた。そこで、見留駅長は、原告に右事実関係を書面化させた。

(五) その後、同月一七日午後二時から更に被告東京圏運行本部の担当者らが新宿車掌区の講習室において原告から事情を聴取した。講習室の広さは約三七平方メートルであり、東京圏運行本部の担当者三名と原告とが約2.5メートルの間隔をおいて正面を向き合って座り、脇机に書記役が座った。

右事情聴取においても、原告は当初、一五日朝出勤した際に更衣室のロッカー内にあった本件防寒コートの右ポケットに三万五〇〇〇円が入っていたので、金庫の中にあったことにしようと思い、右金員を金庫の中に置いたと主張していた。

しかし、一三日に服部助役が原告の自宅に電話して問い合わせた際も、一四日に南助役が再び電話して問い合わせた際にも全くそのような話をしていないこと、本件防寒コートのポケットに五万五〇〇〇円を入れ、その中から二万円だけ取り出して他の社員に渡し、残りの三万五〇〇〇円の存在を忘れていたという弁解はいかにも不自然であることを問われると、原告はついに、「昨年暮れの一一月二九日に妻の父が亡くなり、そのころ一万九三五〇円の弁納が重なって出費がかさんだ。」「今度不足金が出たらそれに充当しようと思って三万五〇〇〇円をコートのポケットに入れたままにした。」「自宅に服部助役から電話があったときには、変わった取扱いがなかったという嘘の答えを言ってしまった。」「一月一四日は公休で家にいましたが、現金の不正をしたことが気になり、一日中どうしようかと悩んでいましたが、明日出勤するので朝早く行き金庫に置いたことにしようと思った。」「つい出来心から収入金を不足金に流用しようと考え着服してしまいました。」「今後は会社のためにどんな仕事でもして努力します。大勢の人に迷惑をかけてしまったことを深く反省しています。」などと述べて、三万五〇〇〇円を着服したことを自認した。

そこで、原告に右趣旨の自認書(〈書証番号略〉)を書かせたが、書式が分からないとのことだったので、書き方を教えたところ、原告は素直に反省する態度で自認書を書き捺印したが、書き終わってから机の上に上半身うつ伏せになり、「すみませんでした。」と繰り返して泣いていた。人事課担当者たちによる事情聴取は午後六時三〇分ころ終了した。

(六) 人事課の事情聴取終了後、担当者らは退席し、入れ代わりに見留駅長と南助役とが講習室に入った。原告は、人事課の担当者が退席する際、直立不動で起立し、深々と頭を下げて「すみません。」と何度も謝った。見留駅長と南助役だけになると、原告は、机に顔を伏せて泣いていたが、二、三分後に見留駅長が、穏やかに始末書と反省文を書くことを促したところ、原告は素直にこれに応じ、始末書(〈書証番号略〉)と反省文(〈書証番号略〉)とを書き、捺印した。

(七) その後、被告は、原告に対し、本件処分をなすとともに、退職手当規程一五条二項に基づき正規の退職金の八割である三六六万三〇七二円を退職金として支給したところ、原告はこれを受領し、領収書を作成した。

3  原告のなした行為についての評価

(一) 営業係は金銭の出納を担当する係であるが、金銭の取扱いについては就業規則及び経理業務管理規程に基づき、現金出納事務規程が定められ、厳重な注意義務を課せられている。

およそ現金出納担当社員に金銭取扱いの厳正を求めるのは企業として当然のことであるが、なかんずく、国鉄時代の著しい職場規律の乱れが国鉄経営破綻の重要な一因として国民から指弾を受け、これもあって国鉄が分割民営化されて被告が設立されたという経緯に鑑みて、被告は職場規律を維持確保することを特に重視している。各駅をはじめとする多くの現場において、日々大量の現金を扱う被告にとって、現場の現金出納担当社員の不正行為は企業の根幹を揺るがしかねない由々しき問題である。

原告は、営業係として現金出納を担当する地位にありながら、早朝に一人勤務になったことを奇貨として自己の保管する多額の現金を着服したものであって、刑法上業務上横領罪を構成するものであり、その行為態様は悪質である。

のみならず、原告は、現金紛失が判明した後の服部助役らからの電話での問い合わせに対して繰り返し虚偽の返答をし、更には犯行の二日後に密かに金庫内に現金を戻し、他の社員に疑いの目を向けさせるような隠蔽工作をしており、着服後の行為態様も極めて悪質である。

また、着服した現金を自宅に持ち帰っていたのではないかとの疑いもあるが、これについてはひとまず措くとしても、前述のような服部助役らからの電話での問い合わせに対し虚偽の返答をするなどの隠蔽工作からすると、原告は現金をうっかり返し忘れたのではなく、確定的な着服の故意があったものであり、このことは原告も自認している。

前記のような原告の隠蔽工作により高田馬場駅の現金不足の原因調査は混乱して遅滞し、駅の業務を大きく阻害されたばかりか、調査の過程で、他の善良な社員にも嫌疑をかけざるを得なくなり、社員相互間の信頼も傷つけられた。

以上の原告の行為は被告の企業秩序を甚だしく紊乱しており、就業規則一四〇条一号、六号、八号、一二号の各懲戒事由に該当する。

(二) 一方において、着服した現金はまがりなりにも返還されており、また、原告は、自認書、反省文、始末書を作成して一応反省がみられることなどから、懲戒解雇ではなく諭旨解雇とした。

4  毎日の集計により両替準備金、売上金に高額の過不足を発見した場合、その原因が自動券売機の不調によるものか、社員の着服によるものか、さらにどの社員が着服したのか、あるいは第三者が窃取したものかなどということは、相当の調査をしたうえでないと判断できない。現に、本件事件による現金の不足も、原告が現金を金庫に戻す隠蔽工作を行うまでは、なぜ不足が発生したのか、誰に責任があるのかなど全く分からず、徹夜で原因究明の作業が行われていたのである。

従って、原告が本件三万五〇〇〇円を着服することはあり得ないとする原告の主張は誤っている。

5  結論

原告は金銭の出納を担当する営業係でありながら、自己の保管する被告の収入金を着服したうえ、犯行の隠蔽工作をするなど破廉恥な行為をしており、これが諭旨解雇事由に該当することは明白である。

原告は、所属労働組合に対する被告の態度を云々するが、本件は原告の破廉恥行為に対し懲戒処分を行ったというだけの問題であり、労働組合所属如何を問題とする原告の主張はこじつけであって、本件とは全く無関係である。

第四当裁判所の判断

一高田馬場駅A口改札の状況について

証拠(〈書証番号略〉、証人見留貞夫、同服部誠の各証言、原告供述及び弁論の全趣旨)によれば、本件事件当時の高田馬場駅A口改札の状況は以下のとおりであることが認められる。

1  高田馬場駅はJR山手線にあり、西武新宿線、地下鉄東西線と接続するターミナル駅であって、本屋口、A口、B口の三つの改札口がある(B口は西武新宿線への連絡口)。本屋口改札は早稲田通りに面しており、ラッチが七個、自動券売機が一六台あるなど規模も大きく、高田馬場駅のメインの改札口である。

2  A口改札は、本屋口改札から新大久保駅寄りに直線距離で約二五〇メートル、徒歩で片道約六分の地点にある。本件事件当時本屋口改札の乗降客が一日約三〇万人であったのに対し、A口改札の一日の乗降客は約一〇万人であって、ラッチは二個設置されていたが、朝のラッシュ時を除き一個のラッチのみを使用していた。

A口改札の新大久保駅寄りには西戸山公園があり、同公園は、早朝、仕事を求める日雇いの労務者及びこれを募集して現場に供給するいわゆる手配師が多数集まり、手配師は募集した労務者に対し現場までの切符や帰りの電車賃等を与えるため小銭を必要としており、これを主にA口改札で両替して調達していた。

3  A口改札係は、自動券売機による出札業務(自動券売機保守と両替)と改札業務(改札口での改札、乗り越し精算及び少額の両替)を兼掌しており、改札業務については、終電担当の遅番である甲番(最終電車後仮眠して、午前六時三〇分から再び勤務に就く。)と始発担当の早番である乙番(午後一一時三〇分から仮眠して、始発時刻である午前四時一一分から再び勤務に就く。)各一名が交互にラッチに入ってこれを担当し、改札業務を担当していない者が改札室において前記出札業務を担当する。

ところが、始発時刻である午前四時一一分から午前六時三〇分までは、電車が動いているにもかかわらず甲番担当者が仮眠をとっているために、乙番担当者が右時間帯の改札業務及び出札業務を行っていた。

そして、後記現金取扱内規改正前の高田馬場駅における取扱によれば、右時間帯の前記両替需要に対応するため、乙番担当者は出札収入金を両替用にラッチに持ち込み、これを適宜用いて両替に応じていた。しかし、被告は、出札係において本来管理すべき金員を改札係が管理することは出札における収入金と改札における乗り越し精算金とが混同して現金管理上不都合が生じるおそれがあるうえ、多額に及ぶ現金を改札係がラッチに持ち込むことは適当でないとの理由から、昭和六三年一二月付けで現金取扱内規を改正し、A口改札において釣銭用及び両替用に準備する金額を五万円と定め、ラッチにおいて改札業務従事者が改札収納器内に硬貨で二〇〇〇円を保管して乗り越し精算用の釣銭としてこれを使用し、改札室内で出札業務に従事する者が紙幣四万八〇〇〇円を改札室窓口の引き出しに保管して窓口における両替業務を行い、右両替準備金が不足を生じた場合には、例外として、両替記録簿に記載したうえで出札収入金を用いて両替することとした。

従って、右改正後の現金取扱内規による限り、乙番担当者が一人で改札業務及び出札業務を行うこととなる早朝の時間帯においても、前日の出札収入金から両替用としてラッチ内に持ち込むことができる金額は、原則として五万円とされていた(ただし、既に認定した高田馬場駅A口改札の早朝の両替需要に加え、本件事件当日両替用に一二万円を持ってラッチに入った旨の原告の回答に対して服部助役が特に不審を抱いていないことやA口改札担当者から両替準備金が五万円では足りないとの訴えが駅長や助役に対して公式になされていないこと(見留証言及び服部証言)等の事情に照らすと、前記現金取扱内規の改正にもかかわらず、本件事件当時、早朝改札業務を担当する乙番担当者が両替用として前日の出札収入金から五万円を越える金額を予めラッチに持ち込むことが常態化していたものと認められる。)。

4  被告は、後記のとおり、昭和六三年一二月以降両替準備金制度を設けたことに対応して、手配師らに対し本屋口改札で両替をするよう説明し、その結果、本件事件当時手配師の多くは本屋口改札において両替をしていたのであり、五万円を越える金額をラッチに持ち込む必要はなかった旨主張する。しかし、証人服部誠の証言によれば、手配師に対してなされた当時の説明内容は、駅での両替は切符を買う両替だけにして欲しいということ及びA口改札は手持ちの現金も本屋口改札に比べて少ないので、手配師らの両替需要に応じ切れない場合があることの二点であったことが認められ、両替を本屋口改札でするよう明確に要望したものではなく、前記のような西戸山公園、A口改札及び本屋口改札の位置関係を考慮すると、右説明によって手配師がそれまでA口改札でしていた両替をわざわざ本屋口改札に回って行うようになったとは考えられない。

二本件事件発生の経緯について

証拠(〈書証番号略〉、証人見留貞夫、同蓜島教文、同服部誠及び同佐藤治男の各証言、原告の供述並びに弁論の全趣旨)によれば、本件事件発生の経緯は以下のとおりであることが認められる。

1  原告は、平成元年一月一二日から乙番担当として高田馬場駅A口改札において改札業務及び自動券売機による出札業務に従事し、翌一三日午前四時一一分から改札業務を開始するに際し、A口改札室内の金庫に保管してあった前日の自動券売機の売上金の中から、両替用として、①千円札一〇枚ずつを縦折りにして輪ゴムで束ねたものを一二束、②百円硬貨五〇枚ずつを紙で包んだものを五包み、③十円硬貨三〇枚を紙で包んだものを一包み(合計一四万五三〇〇円)を用意し、これを改札収納器右側の乗り越し精算金を入れる引き出しに入れて施錠し、右改札収納器を持ってラッチに入った。なお、右改札収納器には、両替用に自動券売機の売上金から用意した右一四万五三〇〇円のほか、改札収納器左下の引き出しに乗り越し精算の際の釣銭用として二〇〇〇円分の硬貨が既に入っていた。

2  同日午前四時一一分から同五時三〇分ころまでの間に、A口改札に両替に来た客は三名あり、それぞれの両替金額は五万円、一万円及び五〇〇〇円であった。そして、原告は、両替済みの一万円札六枚、五千円札一枚のほか、千円札一〇枚の束を五千円札の両替のため使用した残りの千円札五枚を、いずれも四つ折りにして、両替未了の前記①ないし③とともに改札収納器右側の引き出しに入れて保管していた。

同日午前五時三〇分ころ、原告は、自動券売機の用紙を補充するためラッチを出て改札室に入り、その際、右のとおり両替に使用して四つ折りにした紙幣のうち両替に使用することができない一万円札六枚と五千円札一枚を改札室内の金庫に保管した。

3  同日午前五時三〇分以降乗降客の数が増えてきたことから、原告は、改札収納器右側の引き出しから、両替用の金である千円札一〇枚を縦折りにして輪ゴムで束ねたもの五束及び千円札五枚を四つ折りにしたものを取り出し、着用していた本件防寒コートの右ポケットに入れた。このように、原告が右金員を本件防寒コートの右ポケットに入れたのは、乗降客の増加に伴い乗り越し精算金も増加し、必然的に改札収納器右側引き出し内の金も増えてくるので、乗り越し精算金と両替用又は両替済みの紙幣が混同しないよう分離する必要があったことと、職場の先輩から多額の両替準備金を改札収納器に保管してラッチに持ち込む場合、改札収納器ごと盗難される危険性があるから注意するよう言われていたことから、ラッチ内で最もそのような危険の少ない場所はポケット内であると考えたことにあった。

同日午前五時三〇分から同六時三〇分までの間に、A口改札に両替にきた客は三名であり、いずれも一万円札の両替であった。原告は、右両替済みの一万円札をいずれも四つ折りにして本件防寒コートの右ポケットに保管した。従って、午前六時三〇分の時点において、原告の本件防寒コートの右ポケットには、千円札一〇枚を縦折りにして輪ゴムで束ねたものが二束、四つ折りにした一万円札三枚及び同じく四つ折りにした千円札五枚が入っていた。

4  同日午前六時三〇分に、A口改札乙番担当者である清水洋一社員が原告と交代してラッチに入った。その際、原告は、自動券売機横の両替窓口において何か尋ねたいような様子の客を見かけたので、改札室に入って対応する必要があると考え、清水社員に両替用として千円札一〇枚を縦折りにして輪ゴムで束ねたもの二束のみを手渡し、急いで改札室に入ったが、既に客は立ち去っていた(なお、清水社員の陳述書(〈書証番号略〉)には「二万円(千円札二〇枚)をトイレに行くと言って渡された。」旨記載されており、右のような客の存在には言及していない。右陳述書は極めて簡単なものであって、清水社員において、原告が急いで改札室に入った状況から右陳述書記載のように判断した可能性も否定できないところであり、これをもって右認定を左右することにはならない。)。

5  原告は、同日午前六時三〇分から同四五分までは休憩時間であったので、本件防寒コートを脱いでA口改札室内のロッカーの外側にハンガーでこれを掛け、歯を磨いたり洗顔をしたりした。そのとき、本件防寒コートの右ポケットには四つ折りにした紙幣三万五〇〇〇円(一万円札三枚及び千円札五枚)が入ったままであった(以下、右三万五〇〇〇円を「本件三万五〇〇〇円」という。)。

同日午前六時四五分以降、A口改札の勤務は通常の二人体制となるので、原告は、清水社員から、交代時に同社員に手渡した千円札一〇枚を縦折りにして輪ゴムで束ねたもの二束のほか、両替用に自動券売機の売掛金から用意した百円硬貨一〇〇枚ずつを紙で包んだものを五包み及び十円硬貨三〇枚を紙で包んだもの(以上合計四万五三〇〇円)を引き継ぎ、改札室内の金庫にこれを返還した(改札収納器内の二〇〇〇円分の硬貨はそのまま改札収納器に保管しておいた。)。

午前六時四五分以降の原告の最初の業務は改札室内における作業であり、また、被告から午前七時以降はラッチに入る場合でも防寒コートを着用しないよう指導されていたため、原告は、右以降午前九時の業務終了まで、前記のとおり本件三万五〇〇〇円が入ったままの本件防寒コートをA口改札室内に掛けたまま、出札業務及び改札業務に交互に従事した。

同日午前九時にA口改札における業務を終了した原告は、本件三万五〇〇〇円が入ったままの本件防寒コートを二つ折りにして持ち、本屋口改札にある更衣室に戻った。そして、右更衣室において私服に着替え、同室内の原告のロッカー内に本件三万五〇〇〇円が入ったままの本件防寒コートを掛けて退社した。なお、原告は、普段から右ロッカーに施錠をしておらず、このときも施錠はしていなかった。

6  同日午後六時ころ、服部助役から電話で原告に対し、「A口改札の出札売上金が三万四〇〇〇円足りないのだけれども何か特別変わった取扱いはなかったか。」との問い合わせがあり、原告は、自動券売機のトラブルが生じたものと考えたが、服部助役の右問い合わせに対しては、何もなかった旨回答した。更に、翌一四日には、公休日で自宅に居た原告のもとに南助役から電話で同様の問い合わせがあり、原告はやはり何もなかった旨回答した。

7  翌一五日、原告は、午前七時一〇分ころ高田馬場駅に出勤し、本屋口改札の更衣室に赴き、本件防寒コートの右ポケットに入っていた本件三万五〇〇〇円が四つ折りにして輪ゴムで留めてある状態で入っていることを確認し、とにかくこれをA口改札室の金庫の中に戻そうと考え、右状態の本件三万五〇〇〇円を持ってA口改札室に行き、同室にいた青柳三十四社員に対し、金庫の中を探してみるからと偽って金庫の鍵を借り、改札室奥にある金庫を開け、もともと金庫の中にこれがあったようにみえるよう、中段の引き出しの右奥の端に本件三万五〇〇〇円を挾み込んだうえ、青柳社員に対し、紛失していた金銭を発見したと告げ、同社員は直ちに南助役にその旨を連絡した。

紛失金が発見されたとの連絡を受けた見留駅長と服部助役は、直ちにA口改札室に駆けつけ、原告から紛失金をA口改札室内の金庫の中で発見したとの説明を受けたが、それまで同金庫の中を探しても見つからなかったものが突然発見されたことに不審を抱いた見留駅長らは、駅長室において、原告に対し、右金銭の発見経緯について事情聴取をし、真実金庫の中にあったのかどうかを繰り返し質問したが、原告は、前同様の説明を繰り返すだけであったので、見留駅長は服部助役に対し金庫の写真を撮影するよう命じたうえ、原告に対し、「現金取扱の粗ろう」を理由とする自認書及び始末書を作成するよう指示した。右指示に従って右趣旨の自認書及び始末書を作成したが(〈書証番号略〉)、更に真実金庫の中で発見したのかという質問を繰り返す見留駅長に対し、遂に、右金銭は本件防寒コートのポケットの中にあったのだが、本当のことを言うのが怖くて金庫の中で発見したと嘘をついた旨述べた。そこで、見留駅長は原告に対し、その旨の供述書を作成するよう要求し、原告はこれに従い、同日朝本件防寒コートのポケットの中にあった本件三万五〇〇〇円を金庫の中に入れた旨の供述書を作成した(〈書証番号略〉)ほか、同趣旨の自認書、始末書を作成した。

同日、原告は不参扱いとなり、翌一六日から三日間の有給休暇を取得するよう指示され、その旨の年次有給休暇申込簿を作成して被告に提出した。

8  ところで、高田馬場駅に勤務する社員の賞罰に関する業務は、東京圏運行本部人事課でこれを処理することとなっており、現金事故等具体的案件は、現場駅である高田馬場駅駅長から、同駅を直接指導する東京圏運行本部内の地区駅である新宿地区指導センターを介して東京圏運行本部駅業務部管理課に報告され、更に同課から同本部人事課に報告されることとなっていた。

見留駅長は、本件売上金紛失の経緯を東京圏運行本部に報告すべく一月一六日までに前記供述書を含む関係書類を報告書として整理し、同月一七日朝、右報告書を提出するため服部助役とともに新宿地区管理センターに赴き、同センター副長である佐藤治男(以下「佐藤副長」という。)にこれを提出した。佐藤副長は、右報告書につき必要な書類に不備がないかをチェックした後、見留駅長及び服部助役とともに東京圏運行本部業務管理課の今井係長に対し、本件売上金紛失の経緯を報告し、今井係長は、同日午前一〇時ころ、同本部人事課賞罰係係長である蓜島教文(以下「蓜島係長」という。)に対し、見留駅長の作成した前記報告書類を引き継いだ。右報告書類を検討した蓜島係長は、原告が、一月一三日及び一四日に助役から現金取扱に変わった点はなかったかとの質問を受けた際に「所定の取扱をした」旨回答している点が単に本件防寒コートのポケットの中から金庫に戻し忘れたにしては不自然であるとして更に調査する必要があると考え、人事課長と相談したうえ、自ら原告に対し再度事情聴取することとし、佐藤副長及び見留駅長に対し、再度の事情聴取のため原告を新宿地区指導センターに呼び出すよう指示した。右指示を受けた見留駅長は、原告を高田馬場駅に出頭させるよう服部助役に命じ、同助役はその旨を高田馬場駅にいる南助役に対し電話で伝えるとともに高田馬場駅に戻って原告の到着を待った。

9  右呼出しを受けた原告は、同月一七日午後一時ころ高田馬場駅駅長室に赴き、服部助役及び南助役から東京圏運行本部による事情聴取が新宿地区指導センターにて実施される旨の説明を受け、右各助役とともに右指導センターに赴いた。

東京圏運行本部による事情聴取は、同日午後二時ころから新宿駅講習室において開始された。右事情聴取は主に蓜島係長によってなされ、同課所属臺社員、今井係長及び佐藤副長がこれに同席し、見留駅長及び南助役は別室に待機したが、服部助役は業務のため高田馬場駅に戻った。

右事情聴取の結果、原告は、蓜島係長に対し、本件防寒コートの右ポケットに本件三万五〇〇〇円を入れ、これを金庫に戻そうとしたが、昨年一〇月ころ一万九三五〇円の不足金が発生し、これを自費で弁納したことを思い出し、今後不足金が発生した時にこの金を充当しようと思い、本件三万五〇〇〇円を本件防寒コートの右ポケットに入れたまま本件防寒コートを更衣室ロッカー内にしまって帰宅した旨供述し、同日午後六時三〇分ころ、蓜島係長に促され、右供述と同趣旨の自認書を作成した(〈書証番号略〉・以下「本件自認書」という。)。

10  東京圏運行本部による事情聴取は、原告が本件自認書を作成したことをもって終了したが、蓜島係長は、前記のとおり別室で待機していた見留駅長に対し、本件事件についての始末書及び反省文を原告から徴するよう指示をするとともに、その際の参考とすべく本件自認書のコピーを佐藤副長に交付して東京圏運行本部に戻った。

そこで、見留駅長は、蓜島係長らが退席するのと入れ替わりに、南助役及び佐藤副長とともに講習室に入り、原告に対し、始末書を書くように促した。原告は、見留駅長らが入室した際、机に顔を伏せて泣いていたが、見留駅長は、原告に対し、泣いていてもしようがないと言って右のように始末書を書くように促したのである。しかし、原告は、黙ったままで容易にこれに応じようとしなかったので、隣に着席していた佐藤副長が原告に対し、蓜島係長から交付されていた自認書のコピーを示しながら、事実をありのままに書くように述べ、始末書を書くように促した。これを受けて原告は、右コピーを見ながら始末書(〈書証番号略〉・以下「本件始末書」という。)を作成した。引続いて見留駅長は、原告に対し、反省文を書くように促したので、原告は本件始末書を見ながら反省文(〈書証番号略〉・以下「本件反省文」という。)を作成した。

11  右のとおり本件自認書、本件始末書及び本件反省文を作成した原告は、見留駅長及び南助役に付き添われて帰宅し、その後年次有給休暇を取得する等して自宅待機していたが、平成元年一月二三日に東京圏運行本部から見留駅長に対し原告を業務に就かせてよいとの許可があり、同月二七日以降高田馬場駅における業務に復帰した。

しかし、同年二月二八日午前一一時ころ、見留駅長は、高田馬場駅駅長室において、原告に対し前記のとおり諭旨解雇する旨の解雇の意思表示をするとともに、退職金規程に基づく退職金をその場で支給し、更に、原告とともに原告の自宅に出向き、原告からパス、社員証、共済組合員証の返還を受けて、退職に伴う手続を完了させた。

三本件処分事由の存否及び本件処分の効力について

前記認定事実によると、原告は、本件処分事由に副った本件自認書、本件始末書及び本件反省文を作成しており、しかも、この供述内容を裏付ける事実、すなわち、本件三万五〇〇〇円を本件防寒コートの右ポケットに入れたまま本件防寒コートを更衣室ロッカーにしまっていたこと、服部助役及び南助役から不足金の件につき問い合わせを受けた際、いずれも変わった取扱はなかった旨回答したこと及び本件三万五〇〇〇円を領得した動機として述べている一万九三五〇円の不足金を弁納したことがあったというのであるから、本件処分事由が存したかのように一応認められる。

そこで、本件自認書、本件始末書及び本件反省文の信用性等について検討することとする。

1  本件自認書、本件始末書及び本件反省文の信用性について

(一) 本件自認書の信用性について

先ず、本件自認書の信用性について検討する。

前掲各証拠によれば、本件自認書作成に至る経緯は以下のとおりであると認められる。

東京圏運行本部の原告に対する事情聴取は、前記認定のとおり、平成元年一月一七日午後二時ころから同日午後六時三〇分ころまで約四時間三〇分にわたって実施され、原告は、当初、本件三万五〇〇〇円を金庫に戻すのを失念した旨弁解していたが、事情聴取にあたった蓜島係長は、本件防寒コートのポケットに入れていた五万五〇〇〇円のうち二万円だけを交代する社員に引き継ぎ、その余の本件三万五〇〇〇円について気が付かなかったとの原告の弁解は不自然であり、また、同月一三日及び一四日に助役から現金不足の件につき思い当たることはないかと電話で質問を受けた際に「知らない」旨回答していることや、同月一五日に現金を金庫に戻してあたかも最初から現金が金庫の中にあったかのような偽装工作をしたことは右弁解と矛盾するとして、原告を厳しく追及した。

しかし、原告は、なおも従前の弁解を繰り返し、これに対し、蓜島係長から右弁解は不合理であるとの追及がなされるというやりとりが午後五時ころまで続いた。そこで、蓜島係長は、右のような原告の態度に照らすと、本件の事実関係を明確にするためには、その調査を警察に委ねることも考慮せざるを得ないものと考え、原告に対し、本件を第三者機関に依頼し、関係者からも事情聴取をすることになるので、そうならないうちに事実関係について納得のいく説明をするよう求めた。

原告は、右事情聴取における蓜島係長の態度から、本件三万五〇〇〇円を着服したと供述しない限り納得しないであろうことを察知したが、仮に着服の意思があったことを認めれば過去の処分例等からして解雇等の厳しい処分が当然予想され、その対応に苦慮していた。しかし、三時間にもわたって前記のようなやりとりを蓜島係長と繰り返したことにより精神的に疲労したことに加えて、事実関係の調査を第三者機関に依頼することになる旨の蓜島係長の言葉を聞き、仮に警察の捜査を受けるようなことになれば、自分のミスにより高田馬場駅の同僚や国労の高田馬場駅分会にも迷惑をかけることになり、また、家族が非常な衝撃を受けることにもなるなどと考え、また、蓜島係長が右事情聴取の過程で悪いようにはしない旨述べていたこと等から、このまま従前の弁解を繰り返すよりも、着服の意思があった旨供述し、寛大な処置を期待した方がよいとの心境になった。

そこで、原告は、できるだけ情状を良くするため、原告の妻の父親が死亡して北海道に帰ったことや、不足金を出したことなどが着服の動機である旨の供述をしたところ、蓜島係長は、原告に対し、着服の意思があった旨の自認書を作成するよう要求した。

しかし、原告が自ら自認書を作成しようとしなかったため、蓜島係長は、右事情聴取中作成していたメモに基づいて自認書に記載すべき内容を原告に口授し、もって本件自認書を作成させた。

以上の事実を認めることができる。

蓜島係長は、原告に対し自認書に記載すべき内容を原告に口授したことはなく、原告に対する事情聴取中に作成したメモに基づいて下書きを作成し、自認書作成の際の参考に供するためこれを見せたに過ぎない旨証言するが、右下書きの存在を立証するに足りる証拠はなく、また、既に事情聴取開始後三時間以上を経過し、かつ、着服の意思があったことを認めたにもかかわらず、なお、自ら自認書を作成しようとしなかった原告の態度等をも総合すると、蓜島係長が自認書に記載すべき内容を口授して原告にその作成を強く促すことにより、初めて本件自認書が作成され得たものと認めるのが相当である。

右認定事実によると、東京圏運行本部による原告に対する事情聴取は午後二時ころから同六時三〇分ころまで約四時間三〇分を要しており、原告が、着服を認めるに至るまでの時間をみても約三時間を要している。そして、右認定事実に前掲各証拠を総合すると、蓜島係長は、右の間、本件防寒コートのポケットに入っていた五万五〇〇〇円のうち、二万円のみを交代する社員に引き継ぎ、本件三万五〇〇〇円はポケットに入れたままにしていたとの原告の弁解に対し、当時その二万円及び本件三万五〇〇〇円がいかなる状態で本件防寒コートのポケットに入っていたのか、原告が二万円のみを交代する社員に渡した理由等の点について原告の説明を求めようともせず、ポケットの中に入っていた本件三万五〇〇〇円の存在に原告が気付かなかったとの弁解を前提に、「三万五〇〇〇円の存在に気付かないはずがない。原告の弁解は不自然である。」との追及を繰り返すのみであったことが認められ、後記のとおり、当然解明されるべき疑問点について、本件自認書上何ら合理的説明がなされていないことをも考え合わせると、右蓜島係長の事情聴取の態度は客観的・具体的な事実に基づき本件事件の真相を究明しようとする姿勢に乏しかったものといわざるを得ないし、原告が、蓜島係長に対する答えに窮するとともに、蓜島係長において原告の右のような弁解をおよそ信用するつもりがないものと考え、三時間にもわたる前記のような問答の繰り返しにより精神的疲労を感じるとともに、自分の弁解に全く耳を傾けてもらえないことから無力感や絶望感に陥っていたものとも認めることができる。

もとより、原告が右のような心境になったとしても、そのことから直ちに原告において自己の意思に反して着服の意思があったことを認める供述をしたということにはならない。しかしながら、本件においては、蓜島係長が、本件三万五〇〇〇円を自宅に持ち帰っていないとの原告の説明に対しては格別これを疑ってはおらず、原告としても、この点が情状上有利に斟酌されるものと考えていた(原告供述)という事情があり、更に前記認定のとおり、蓜島係長が本件事件の捜査を捜査当局に委ねることを示唆したことにより原告が動揺したこと等の事情をも考え併せると、原告が、寛大な処分を期待する目的で、不法領得の意思があった旨の自己の意思に反する本件自認書を作成した可能性は否定し難いというべきである。

更に、原告が本件三万五〇〇〇円を領得したとされる動機についても検討の余地がある。

すなわち、本件自認書によれば、原告は、将来不足金を出したときの弁納に備えるために、本件三万五〇〇〇円を着服したというのであるが、現に不足金を発生させていたというのなら格別、金額をも含めて将来発生するか否か全く不確実な不足金のために予め三万五〇〇〇円という決して少額ではない現金を着服してこれに備えて置くというということ自体、動機としては不自然であるし、また、犯行態様としても、仮に、着服する意思を有していたとすれば、何故、乗り越し精算による改札売上金ではなく、不足金の発生が容易に判明する出札売上金を流用した両替準備金を敢えて着服したのか、また、何故、本件防寒コートのポケットに着服した現金を入れたまま帰宅したのかという点が当然解明されて然るべきであるのに、本件自認書はこの点につき何らの合理的説明がなされておらず、これらの点を考慮すると、本件自認書の内容自体にわかには信用し難い。

なお、被告は、出札売上金を流用した両替準備金を着服した場合、不足金の発生が直ちに判明するとしても、不足金発生の原因は容易に判明しないから、両替準備金は着服できる金ではない旨の原告の主張は誤っている旨主張するが、改札担当社員がラッチで乗り越し精算を行う場合の乗り越し精算金は、乗り越し精算の事実についての客観的記録が残らないため、その発生についてすら被告がこれを把握することは困難であり、改札担当社員が乗り越し精算金を改札収納器に入れずに着服した場合、不足金の発生自体が容易に判明しないのに対し、出札売上金は出札窓口及び自動券売機の記録により売上金額を把握することができ、右売上金と締切現金を比較することにより容易に不足金の存在が判明する(〈書証番号略〉)のであるから、出札売上金を流用した両替準備金を着服するよりも乗り越し精算金を着服するほうが、はるかに犯行発覚の可能性が少ないということができるのであって、「両替準備金は着服できる金ではない」とまで断言することはできないとしても、何故に乗り越し精算金ではなく出札売上金を流用した両替準備金を着服したのかという点について、合理的説明がなされなければならないのは当然である(被告は、多額の着服を狙って両替準備金を敢えて着服することもあり得る旨の主張をしているが、原告において、本件事件当時多額の現金を必要としていたとの具体的事実は何ら主張立証されていないのであるから、被告の右主張はその前提を欠く。)。

(二) 本件始末書及び本件反省文の信用性について

前記認定したところによると、本件始末書及び本件反省文は、見留駅長が原告に要求して作成させたものであるが、本件自認書に引き続いて作成されたものであるから、原告の作成動機の心理面においては本件自認書と同一の状態にあったと認められ、しかも、原告が容易にこれを作成しようとしなかったので、本件自認書のコピーを示されて促されつつこれに副って作成したというのであるから、作成時点及び作成場面は異なるとはいえ、証拠価値の点においては本件自認書と同等に考えるべきである。

してみると、本件始末書及び本件反省文の証拠価値も本件自認書と同様にわかには信用することができない。

2  その他、本件自認書等を裏付ける事実について

(一) 被告は、原告が本件三万五〇〇〇円を本件防寒コートのポケットに入れた行為自体が不法領得の意思を推認させるものである旨主張する。

すなわち、被告における正規の現金取扱方法によれば、改札収納器の鍵のかかる引き出し(右側の引き出し)は、一日三回複数の社員の立会いのもとにのみ解錠されるのであって、この引き出しに両替準備金を保管するということはあり得ないのであるから(随時発生する両替需要に対応できない。)、当初両替準備金を改札収納器の鍵のかかる右側の引き出しに保管していたが、乗降客も多くなったので、乗り越し精算金と両替準備金との混同を避けるため両替準備金を本件防寒コートの右ポケットに入れたところ、本件三万五〇〇〇円を金庫に戻すことを失念するという事態が生じた旨の原告の弁解は虚偽であるというのである。

しかしながら、原告は、本件事件当日の早朝、一二万分の千円札を両替用に準備してラッチに入ったのであるが、改札収納器の鍵のかからない左側上下二段の引き出しに一〇枚ずつ縦折りにして輪ゴムで束ねたもの一二束を保管することは困難であると認められること(〈書証番号略〉)及び本件事件当時、改札収納器の右側の引き出しの鍵は改札収納器の左側上段の引き出しに入っており、原告が、この鍵を使用して随時改札収納器の右側の引き出しを開けることについては全く支障がなかったこと(原告供述)を考慮すると、被告における正規の現金取扱方法と異なってはいたが、原告が両替準備金を改札収納器右側の引き出しに当初保管し、それが乗降客の増加とともに乗り越し精算金との混同を生ずる危険が出てきたために、着用していた本件防寒コートのポケットに入れたであろうことも強く否定できないことであるから、本件三万五〇〇〇円を本件防寒コートのポケットに保管した行為が直ちに不法領得の意思を推認させることにはならない。

(二) また、原告は、平成元年一月一三日に服部助役から不足金の件につき問い合わせを受けた際、及び翌一四日に南助役から同様の問い合わせがあった際に、いずれも「変わった取扱はなかった。」旨回答しているが、原告の右のような対応からは、原告が本件三万五〇〇〇円を着服する意思を持っていたと考えることも、これを金庫に戻し忘れていたことについて思い至っていなかったと考えることも、いずれも可能なのであるから、原告が右のような回答をしたこと自体は、本件三万五〇〇〇円についての不法領得の意思を推認させるものではない。

もっとも、原告は、南助役からの右問い合わせ後、両替済みの現金を金庫の中に戻すのを忘れたかもしれないと考えた(原告供述)というのであるから、この時点において、原告の勤務担当中にかかわる重大問題であったので、高田馬場駅に連絡してその点につき調査を依頼する等の方法をとるべきであったし、また、このような方法をとることは十分可能であったのである。ところが、原告は、このような方法をとらず、かえって、翌一五日に出勤した際に、本件三万五〇〇〇円が最初から高田馬場駅A口改札室内の金庫内にあったかのような偽装工作をしている。

そこで、原告の右行動の評価についてであるが、本件防寒コートのポケット内に本件三万五〇〇〇円を入れていたということ自体は、外観上、原告が本件三万五〇〇〇円を着服したと評される可能性が極めて高く、従って、原告が、本件三万五〇〇〇円を本件防寒コートのポケットに入れていたことを秘匿しようとした行動に出たことは、その行為自体が非難に値する行為であることは当然であるとしても、人間の行動様式として格別奇異であるというほどのことではないというべきである。

従って、原告において右のような偽装工作をしたことが、本件三万五〇〇〇円を金庫に戻すのを失念したとの原告の主張と全く矛盾するということはできず、また、原告が本件三万五〇〇〇円を着服する意思でこれを本件防寒コートのポケットに入れたとの事実を直ちに推認させることにもならない。

3  以上によれば、本件自認書、本件始末書及び本件反省文は、その作成の経緯及び内容に照らし、これらを直ちに全面的に信用することには躊躇を感じるところであり、また、他に原告に本件三万五〇〇〇円を着服する意思のあったことを認めるに足りる証拠もないのであるから、本件処分は、処分事由なくしてなされたものであり、無効というべきである。

従って、原告被告間の本件雇用契約関係はいまだ存続している。

また、右雇用契約関係の存在を否定し、原告に対する賃金の支払いを拒絶し続けてきた被告の対応に照らし、被告が原告に対し今後任意に賃金を支払うことは考えられない。

四よって、本件請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官林豊 裁判官山之内紀行 裁判官蓮井俊治)

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